元エロビデオ雑誌ビデオメイトDX』(コアマガジン 1988~2010)編集長。写真は産湯に使っている本人。

三代目葵マリー編・その弐の参●あの人は今、のおいらが 同窓会の招待状を出しました(仮)第2回 招待状送付人 三代目葵マリー 出席◯

「やっぱり葵さんだったんだ!」っていうのが楽しいよね。まだ、それはやめられないな。何かやっぱり特化しないと気が済まない人だからさ。三代目ならでは、っていうのはあるよね。哀しい顔と退屈な顔と心配な顔はさせたくないからさ。それと人を悦ばせるのが大好きだから。

松沢:昔のインタビューを読んでて気づいたんですけど、学校は送り迎えして貰ってたって?

三代目:うん。私ね、小っちゃい頃はお金持ちだったの、親が。不動産屋さんだったの。それで毎週月曜日、ハイヤーに乗って花屋さんに寄って花束を学校に持っていくっていうのが恒例行事だったね。小学生の時。幼稚園だったかな。で、ハイヤーだったのが、ウチが貧乏になると個人タクシーに変わるw 近所の個人タクシーのおじさんにw

松沢:わはははっ!

三代目:花束買うのは変わらない。で、行ってたのが青山の幼稚園だった。で、ここは安達かおると一緒だった。

松沢:一緒?

三代目:出身が一緒だった。

松沢:なるほど。その幼稚園もなかなかのもんですね。

三代目:なかなかのもんでしょ。変態ばっかり送り出してるw そういう時代があったよ。

松沢:でもどうして花束だったんでしょうね?

三代目:そうでしょ? 意味が解んない。まっ、金持ち=花束っていうのがあるじゃん。家の中も年中、花は飾ってあって。花屋さんが来て活けてくっていう。

松沢:それを学校でも花を持って行って、各教室に飾っていくという。

三代目:花はね、常について回ってたね。そうこうしているうちに不動産屋さんだから儲からなくなってきて貧乏になっちゃって、着物なんかを質屋に入れなきゃならなくなって。それでお母さんがこうなって、電話で泣きながら「すみません」って言ってるのを私ず~っと見てて。

松沢:それってバブルが弾けた頃ですか?

三代目:ずーっと前のことだけどね。ゴルフ場とかもやってたんだよね、お父さん。それでそれもダメで、なんか不渡りとか出しちゃったんだよね。そんなお母さんが泣いてるのを夜な夜な見て、お父さんと喧嘩してるのを見て、それでお金の大事さを知ったんですけどね。で、15歳からホテトルに行っちゃう。「自分で稼ぐ」って。

松沢:なるほど。初体験15歳だもんね。

三代目:そう。15から私のカラダはどうかしちゃった。お金じゃないと動かないみたいなw

松沢:ぐふふふふっ。

三代目:そのきっかけになったのが、当時、付き合ってた人と誕生日に初夜を迎えようって感じで、それで初夜を迎えて処女じゃなくなって、その次の日に面接に行ってんだもん。やっぱり処女をホテトルで失くしたくなかったんですよ、どこかで。で、好きな人にあげて、次の日から「よし、これで稼ぐ!」ってw それでそっからずっと風俗だよね。今も風俗だから、延々と。

松沢:凄いですね。それで今もその年齢なりの三代目の現役の場所があるってことですもんね。

三代目:色んな畑のね。色々カラダを使った商売じゃん。ホテトルやって風俗やって。他に何やった? ストリップもやった。大阪の飛田にも行ったし。愛人生活もやったし。

松沢:飛田新地! 飛田に行って…。

三代目:飛田はね、ちょいちょいよ。常時行ってるんじゃなくて、熱海の芸者みたいなもんよ。週末だけちょっと行ってみるとか。で、今に至る。